ヒルクライムレース中に休憩を取ると云うまさかの暴挙に出たメタボ会長。そんな男に渋々付き合わされ、ペースを乱された私たちは再びレースに復帰する。ここまで標高差350mをこなして来たが、まだこの先で900m近くの標高差を駆け登らなければならない。



不謹慎極まりない休憩のおかげで回復を果たした私の脚は予想以上に軽く廻る。たった10分足らずの休憩でここまで脚がフレッシュになるとは思ってもみなかったが、その効果は絶大だ。おまけに難関の”一合目”を超えれば難易度が若干下がるコースにも助けられ、私の心と脚は羽根の様に軽い。

一方のメタボ会長はといえば、厳しそうな表情を浮かべながらも黙々とペダルを廻し続けている。まぁ私との実力差を考えれば当然の光景だろう。何人たりとも弱肉強食という自然の摂理に逆らう事はできないのだ。

新緑に覆われた美しい富士スバルラインを黙々と登り続けます。予想外に頑張ってますな。新緑に覆われた美しい富士スバルラインを黙々と登り続けます。予想外に頑張ってますな。
「お姉さん大丈夫?」 女性の前でだけは余裕を見せます。「お姉さん大丈夫?」 女性の前でだけは余裕を見せます。 「あれ?会長?なんで居るの?」 「だから!イジメられてんだよ!」「あれ?会長?なんで居るの?」 「だから!イジメられてんだよ!」


険しい表情のオヤジを横目に、爽やかな気分に浸りながら進む私の前に”二合目”の看板が現れる。編集長の言い付けを守りココでも休憩を取る”日本一登れない男”。「え~?まだ”二合目”かよ!こりゃ完走は厳しいかもしれんな!」 そう弱音を吐くメタボ会長の表情には明らかな疲労が見て取れる。完全に優位に立った私は、上から目線で哀れなオヤジを慰める。「でも会長、初めてにしては中々イイペースじゃないですか!」

そんな余裕をかます私にオヤジから思わぬ声が掛かる。「なぁ?メイタンの”2RUN”とかってヤツ出してくれるか?編集長から預ってるだろ?”二合目”で忘れずに飲めって言われてるからさ!」 この一言で私の余裕は一気にブッ飛ぶ。たちまち自分の顔から血の気が引いて行くのを感じる。

確かに、出発前の金曜日に編集長からメイタンのサプリ”2RUN”を手渡された事は間違いない。ただ、これは厳しい取材に向かう私に対する編集長の優しさだとばかり思い込んでいて、まさか会長用のサプリを託されたとは全く理解できていなかった。おまけにスタート前に私がちゃっかり飲んじゃったもんだから、肝心のブツはもう無い!

おぉ~編集長!アナタはなんて罪作りな人なんだ!ただこの場面では己の不運を嘆いている暇など無い。この難局をどう切り抜けるべきかに自慢のコンピューターをフル回転させた私は、思い切って一世一代の大博打に出る。

「あれっ?”2RUN”なら駐車場で会長に渡しましたけど?ひょっとして置いてきちゃったんですか?」

押し寄せるヒルクライマーの大波は途切れる事がありません。さすが日本一の規模を誇る大会です。押し寄せるヒルクライマーの大波は途切れる事がありません。さすが日本一の規模を誇る大会です。
キープレフトで登るメタボ会長。次々とパスされます。キープレフトで登るメタボ会長。次々とパスされます。 ズッシリとした撮影機材を背負うも、涼しい顔で登る安岡。ズッシリとした撮影機材を背負うも、涼しい顔で登る安岡。

ここ二合目では休憩を取る人の姿もチラホラ。ここ二合目では休憩を取る人の姿もチラホラ。 「やっと二合目なの?やっぱり企画に無理があるんじゃねえか?」「やっと二合目なの?やっぱり企画に無理があるんじゃねえか?」


大勝負に出た私であったが生きた心地がしないのは言うまでもない。蒼白な顔面で立ちつくす私を、仁王像にも似た険しい表情を浮かべた会長が睨んでいる。もうダメだ!やっぱり素直に謝ろう。そう思った瞬間に会長が口を開く。

「そうだっけ?朝一は軽量化のことで頭が一杯だったからサプリの事は記憶にねえな・・・でも、まぁイイか!」

おぉ~神様!そのご慈悲に感謝します!それに付けても危い場面だった。あと何秒か沈黙が続いていたら、うっかり本当の事を喋ってしまうところだった。ツキはまだ私にある。メタボ会長の小さな事は気にしない性格のおかげもあり、文字通りクビの皮1枚で繋がったと云ったトコロだ。こうして、緊迫した危機的状況を冷静な判断と的確な対応で切り抜けた私は再びレースに復帰する。

新緑に覆われた富士スバルラインは概ね6%前後の安定した勾配が続く。もちろん多少の勾配変化はあるものの10%に迫るような激坂区間は皆無に等しいためクライマーたちにとっては優しいルートだ。とはいえ登坂能力が著しく低い男にとってはかなり厳しいと見え、黙々とペダルを踏み続けるもその表情は疲労の色が隠せない。

第一関門のカットオフタイムは無事にクリアです。第一関門のカットオフタイムは無事にクリアです。 給水所に立ち寄りボトルを満たす。ついでに応援も忘れません。給水所に立ち寄りボトルを満たす。ついでに応援も忘れません。

やっと10km地点をクリア。まだまだ先は長いですよ?やっと10km地点をクリア。まだまだ先は長いですよ? 完全にグロッキーのご様子です。これじゃリタイヤかな?完全にグロッキーのご様子です。これじゃリタイヤかな?

遅い人はキープレフト。マナーは忘れません。遅い人はキープレフト。マナーは忘れません。 「もうギブアップ!ハナっから企画に無理があるんだよ!」「もうギブアップ!ハナっから企画に無理があるんだよ!」


何とか”三合目”には到達したものの、到着と同時にその場に座り込んだオヤジが弱音を吐く。「ん~ん!こりゃ完走は厳しい気がするぞ? なあ安岡君、こんな厳しい富士ヒルの完走率が99%を超えてるってのは本当なのか?」

もちろん本当です!機材トラブルでも無い限りは余程のヘナチョコを除けば女の子だってみな完走はしてまっせ!と、心の中で応えながら、哀れな男を嘲笑う私を横目に、また安岡が余計な言葉を掛ける。

「完走に関しては全然大丈夫ですよ!ここまでは想定よりも速いくらいのペースで来てますから、もっと休憩の時間と回数を増やしても全く問題ありませんよ。とにかくノンビリ行きましょう。」

おいおい安岡君!君は一体何を考えているのかね?そんな言葉を掛けちゃうと、本当に会長がうっかり完走しちゃうじゃないか!まったく空気の読めない困った後輩である。君がそうゆう態度に出るのであれば私にも考えがある。

「タイムアウトの心配もあるのでそろそろ行きましょうか?」 この私の言葉で”三合目”の休憩をサッサと切り上げた私たちはコースに戻る。と、ものの5分も経たないうちにメタボ会長から泣きが入る。「いやぁ~、本当にキツくなってきた!そろそろギブアップしたくなってきちゃったぞ!」 すでにその姿はかなり苦しそうである。

どうやら私の”休憩で回復させない作戦”が功を奏している様子だ。「ちょっとヤバい感じだよ。太腿がプルプルきちゃって今にも攣りそうだよ。」 そんな愚痴をこぼしながらも今日のオヤジは何故か脚を止めない。

「頑張って!」ここでも女性の前でだけは余裕を見せます。「頑張って!」ここでも女性の前でだけは余裕を見せます。 カメラモトに乗った磯部がやってきました。カメラモトに乗った磯部がやってきました。

このヘアピンカーブの先に第2給水所の”大沢駐車場”があります。このヘアピンカーブの先に第2給水所の”大沢駐車場”があります。
アウターギアを立ち漕ぎで踏み込みます。アウターギアを立ち漕ぎで踏み込みます。 「タップリ休憩しちゃうもんね~!」 表情が生き返ってますね。「タップリ休憩しちゃうもんね~!」 表情が生き返ってますね。


実際のところ、メタボ会長がここまで頑張っている姿は意外でもある。いつもの彼であれば間違いなく”一合目”の手前で 「や~めた!」 という言葉を残して引き返しているはずなのだが・・・。いま私の目の前を走る”黄色い男”にいつもの面影はなく、苦痛に顔を歪めながらも何故か一心不乱にペダルを踏み続けている。そんな男の姿に思わず仏心が芽生えそうになる私だったが、ここで騙される訳にはいかない。

冷静に考えれば、今日のオヤジのホイールは最軽量の飛び道具エンヴィに換装されてるし、リアカセットだって11-32Tという最強登坂ギアが組まれている。ぶっちゃけガリビエ峠ですら鼻歌まじりで登れてもおかしくない機材である。ようは本人の日頃の精進が足りていないだけの話なのだ。

悶絶するメタボ会長を見守るように進む私たち。そんなの私たちの横に1台のカメラモトがやってくる。そう!彼こそは年功序列という伝統を無視し自分だけが楽チンという状況に甘える磯部だ!

そんな磯部が心配そうな表情で私に訊ねてくる。「会長は大丈夫そうですか?」 そんな事は見ての通りである。「まぁ完走は五分五分って感じじゃねえか?」 そう含み笑いで答える先輩の私をシカトするかのように遠ざかり、前を行くオヤジの真横にモトをつけた磯部が声を掛ける。

「あのヘアピンカーブの先に給水ポイントがあります。売店には食料もありますし見晴らしも良い場所なのでたっぷり休憩できますから、あとちょっとだけ頑張ってみて下さい。」

おいおい磯部君!君はおバカさんか?そんな言葉を掛けたら、せっかく弱った獲物が元気になっちゃうだろ!・・・そんな私の嫌な予感が見事に当る。

「なあ?あれって雲海だろ?」 違うでしょうね。遥か彼方の連山すら見下ろす高さにこの展望台は有ります。「なあ?あれって雲海だろ?」 違うでしょうね。遥か彼方の連山すら見下ろす高さにこの展望台は有ります。
メタボファンの人とツーショット。「レース中ですよ?」メタボファンの人とツーショット。「レース中ですよ?」 「残念、ただの雲の塊だよ!」 雲海が現れるのは夜明け直前ですね。「残念、ただの雲の塊だよ!」 雲海が現れるのは夜明け直前ですね。

この期に及んでなお、エロオヤジっぷりは健在です。この期に及んでなお、エロオヤジっぷりは健在です。 「お~!みんな頑張れ~!」 応援の手は抜きません。「お~!みんな頑張れ~!」 応援の手は抜きません。


「おぉそうか!そりゃ助かるぜ!」 野太い声を発すると同時にギアをアウターに掛け直したオヤジが、立ち漕ぎで一気に加速して行く。あっという間に取り残される私。これじゃ全てが台無しである。こうして何とか第2給水所の”大沢駐車場”まで辿り着いたメタボ会長は、この給水ポイントで小憎らしい磯部の進言通りに、たっぷりと20分もの休憩を取る事になる。

売店で買い食いをしてみたり、展望台からの景色を楽しんでみたり、果ては沿道で和太鼓や笛の音色で応援してくれている”元気一番堂太鼓会”の皆さんと一緒に、自分との闘いを続けるクライマー達を応援してみたりと、その姿はいつものロングライドイベントのそれだ。この楽しげな姿は明らかに間違っている!今日はタイムを競い合うレースであり、ここは自分と闘うべき場所のはずだ。

こうして長い休憩ののちレースに戻った私たちだったが、この休憩で完全回復を果たしてしまったメタボ会長に先程までの苦悶の表情は無い。ギアを34-20Tに固定しいつもの低いケイデンスでグイグイと登って行く。

「もう完走はもらったぜ!」 あっさり四合目をクリアです。「もう完走はもらったぜ!」 あっさり四合目をクリアです。 「ここからもがけ!」 いやいや無理でしょ!「ここからもがけ!」 いやいや無理でしょ!

「あと100m 己に勝て!」 いやいや勝てないでしょ!「あと100m 己に勝て!」 いやいや勝てないでしょ! 「ずいぶんと高いトコまで登ってきちゃったんだな。」「ずいぶんと高いトコまで登ってきちゃったんだな。」

奥庭自然公園前の直登もハイギアでグイグイ登ります。奥庭自然公園前の直登もハイギアでグイグイ登ります。 沿道からの声援を受けながら。ゴールはすぐそこ!沿道からの声援を受けながら。ゴールはすぐそこ!


こうなると私には付いて行く事すらままならない。あげくには”四合目”での休憩を自らの意思でサッサと切り上げるという暴挙に出るメタボ会長。ひょっとして”三合目”の仕返し?と勘ぐってしまうような行動だ。

その後も快調に淡々と進む”黄色い弾丸”は奥庭自然公園前の直登もあっさりこなしてしまう。残念ながらもうこの先に難所は無い。沿道からの黄色い声援を受けながら、ゴール前の緩斜面区間を颯爽と駆け抜けたメタボ会長がゴールに飛び込む。”日本一登れない男”のMt.富士ヒルクライム制覇の瞬間だ。

肝心のゴールタイムは”2時間40分52秒”。全完走者7.136人中の6.793位、まさに滑り込みセーフ!と云った感じの成績だ。ちなみにメタボ会長が属する”男子50~59歳クラス”で見てみても、完走者1.222人中の1.167位だから、いかに彼が限界ギリギリだったかが見て取れる。

”日本一登れない男”のMt.富士ヒルクライム制覇の瞬間だ。ゴールタイムは”2時間40分52秒”。”日本一登れない男”のMt.富士ヒルクライム制覇の瞬間だ。ゴールタイムは”2時間40分52秒”。
「自転車界の発展のために頑張ったぜ!」 だから何が?「自転車界の発展のために頑張ったぜ!」 だから何が? 五合目名物の富士山メロンパンですね。五合目名物の富士山メロンパンですね。


残念ながら完走されてしまったが、取り敢えず私の取材はこれで終わりだ。出発前に預けた荷物を受け取り、まずは腹ごしらえに取り掛かる。「みんな自分に勝ったからカツカレー食おうぜ!」と上機嫌な男にカレーをご馳走になる。支払いだけは気前の良いメタボ会長が、カツカレーを頬張りながら口を開く。

「いやいや!ヒルクライムも思ってたより悪くないな!自分ひとりでこのコースを登れって言われたら絶対に途中で止めちゃうけど、これだけの人数と一緒だと案外と登れちまうモンなんだな。それにこの達成感は今までで一番かもしれんな!でもまぁ、これで日本一難易度が高いこの大会を制覇した訳だから、これからは色んな大会の制覇に出掛けるのもアリだな!」

あれ?何か間違ってませんか?参加者数は日本一だけど難易度は日本一じゃないと思うけど?でもまあ、せっかく気持ち良くなっている所に水を差す事もあるまい。ここで下手な事を口走って、せっかく奢ってもらったカレーを取り上げられては元も子もない。お腹も落ち着き、下山準備に取り掛かったところで再びメタボ会長が口を開く。

「いずれにせよ、自転車界の発展を支えるという俺にしかできない大きな使命を果たしたという感慨は深いよ。今後も君たちだけじゃ役不足の場合は遠慮せずに言ってくれよ!今の俺にはいつだって一肌どころか諸肌まで脱ぐ準備はあるからな!ガハガハ!」

高笑いしながらそう言い残し、下山グループの列の方へと消えて行くメタボ会長。どうやら、編集長におだてられて登った木から当分の間は降りてくる気は無さそうだ。

「自分に勝ったからカツカレー食おうぜ!」「自分に勝ったからカツカレー食おうぜ!」 下山の頃には薄日が差してきました。下山の頃には薄日が差してきました。

「うわっ!会長も走ってたの?」 「おうよ!」「うわっ!会長も走ってたの?」 「おうよ!」 不正の瞬間をカメラは見ていた!不正の瞬間をカメラは見ていた!


後日、編集作業を進める私は、カメラモトの磯部が偶然撮った1枚の写真を発見した。そこには不正行為に手を染める男の姿がクッキリと!これで完走も無効である。合わせて不正に加担した安岡も減俸を免れないはずだ。

ただ、そんな事はお構いなしに、今後もメタボ会長の迷惑極まりない取材参加は続くのだろう。


今回、編集部チームが実走取材にお伺いした"第12回 Mt.富士ヒルクライム2015"を支えて下さった大会関係者並びにサポートスタッフの皆様に心より御礼申し上げます。          <編集部一同>



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メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 6年

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立、平成17年に社長を辞し会長職に退くも、平成20年に当サイトが属するメディア事業部の責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。豊富な筋肉量を生かした瞬発力はかなりのモノだが、こと登坂となるとその能力はべらぼうに低い。日本一登れない男だ。

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