美しい山河の息吹と穏やかな春の陽気に誘われて、心緩んだ私のちょっとした好奇心を、メタボ会長の容赦ない大人の理論で完膚無きまでに叩きのめされた前回。まだまだ私の傷ついた心の回復には至らない。



メタボ会長に誘われるままに食堂のテラスに上がり込み、無言で席に着く私たち。ちょっとした緊張感こそ漂うものの、この時ばかりはメタボ会長の背中が頼もしく見える。と言うのも、文化系な編集部とは違い、工事部さんは皆バリバリの体育会系。その殆どが運動部上がりのツワモノ揃いで、そのツワモノ達の頂点に君臨する”親方”こそがメタボ会長なのだ。

この体育会系には暗黙の了解、”飲食に関わる費用は年長者が全て支払うべし!”という何とも有難い習慣が存在するらしく、これまでもメタボ会長と同行した際に、ペットボトル1本の代金ですら自分で支払った記憶は無い。

「おばちゃ~ん!きのこ漬けの大盛7つと、名栗まんじゅうも7つ頼むね!」メタボ会長の掛け声を合図に、黙して座する私たちの前には美味しそうな”きのこ漬け汁うどん”が勝手に運ばれてくる。

高台に位置する”さわらびの湯”からの眺望に心が和む。来週になれば眼下には満開の桜が溢れるはずだ。ちょっと早かったか。高台に位置する”さわらびの湯”からの眺望に心が和む。来週になれば眼下には満開の桜が溢れるはずだ。ちょっと早かったか。
これが無料の”きのこ漬け汁うどん”だ。これが無料の”きのこ漬け汁うどん”だ。 体育会系の工事部さんの習慣が私たちには有難い限りだ。体育会系の工事部さんの習慣が私たちには有難い限りだ。


この様な席では、私達には好きなメニューをチョイスする権利こそ与えられないが、そこも問題にはならない。オヤジがチョイスした食べ物が外れた記憶も無いのだ。唯一、私たちに課せられたノルマは「いただきます!」と「ご馳走様でした!」という言葉を元気よく発する事を忘れないだけだ。こうして抜群の”きのこ漬け汁うどん”を堪能した私たちは暫しの休憩にまどろむ。

ひと仕切りまどろんだ所でメタボ会長から言葉が掛かる。「腹の虫も落ち着いた事だし、ここで引き返して小沢峠経由で帰ろうぜ!」相も変わらず、わがまま且つ一方的なルート変更のお達しではあるが、オヤジの男気を腹いっぱい味わった今、私たちの中に不満を唱えるふとどき者はいない。

オレンジのてるてる坊主は子供達の避難場所の証しなのです。オレンジのてるてる坊主は子供達の避難場所の証しなのです。 「ここで引き返そうぜ!」首脳陣による作戦会議。「ここで引き返そうぜ!」首脳陣による作戦会議。

渓谷に咲き誇る桜。春らしさを演出してくれます。渓谷に咲き誇る桜。春らしさを演出してくれます。 名栗川橋の袂にはこの橋の生い立ちが記されている。名栗川橋の袂にはこの橋の生い立ちが記されている。

埼玉県の指定文化財である名栗川橋を渡る。1924年(大正13年)築、県内最古のコンクリートアーチ橋だ。埼玉県の指定文化財である名栗川橋を渡る。1924年(大正13年)築、県内最古のコンクリートアーチ橋だ。
わさらびの湯を後にした私たちは、来た道程を戻り、いよいよ本日の最後にして最大の難関、小沢(こざわ)峠の北側斜面に突入して行く。町田木材前の交差点から始まるこの登坂路は、その距離1.5kmで140mほどの標高差を駆け上がる。けっして楽チンではないが、小さなカーブが続いてくれるお陰で、直登のような絶望感を味わう事は無い。

ただし、メタボ会長の力量に照らし合わせて考えると、かなり厄介なレベルの峠越えとなる。普段のサイクリングでは避けて通るルートなのだが、この日だけはどうしても34-32Tの効果を実感したいという本人の達っての希望で挑戦する運びとなってしまった訳だ。この先の展開が薄々予想出来るだけに何ともハタ迷惑な挑戦である。

私たちとの同伴で、この小沢峠を過去に5回ほど制覇しているメタボ会長ではあるが、その際、彼が”10秒ルール”を活用せずに登り切った事は1度も無い。この”10秒ルール”については後に説明しよう。ついに、私たち全員に見守られるような形で問題児の登坂は始まる。

全員に見守られながら、いよいよ小沢峠へのアプローチだ。全員に見守られながら、いよいよ小沢峠へのアプローチだ。 編集長を真似てみる頼もしい安岡と無言で廻すメタボ会長。編集長を真似てみる頼もしい安岡と無言で廻すメタボ会長。

編集長はピッタリと上司に寄り添い保身を図る?編集長はピッタリと上司に寄り添い保身を図る? 巡航速度10km/hで黙々と登坂をこなす。巡航速度10km/hで黙々と登坂をこなす。


普段は饒舌なオヤジも、登り始めると途端に口数が減り、目の前の路面を凝視しながら一定のリズムで淡々と漕ぎつつける。その使用ギアは34-25Tで速度は10km/h近辺だ。登り始めから700mほどの処にある左ヘアピンカーブまでは、いつも問題は起きない。おまけに今日は編集長がピッタリ寄り添ってくれているので心強い。

左ヘアピンを無事折り返し、いつも音を上げる右カーブ手前で、いよいよ34-32Tの出番だ。満を持してシフトチェンジを果たしたオヤジから歓喜の声が上がる。「ぬははぁ!こりゃ楽チンだ!軽い!軽い!」子供の様な無邪気な笑顔で脚をクルクル廻しながら右カーブもクリアして行く。やはりこのギア比の効果は絶大な様子だ。

いつも以上に軽やかなペダリングで登り続けるメタボ会長。しかし、この”いつも以上”が災いしたか、右コーナーからものの200mも行かないうちに「おかしいな?最軽ギア使ってんだけど…?確かに楽なんだけど思ってたより楽じゃねえぞ…?」と顔を歪め始める始末だ。当人は訝しげな表情を浮かべているが、単に調子に乗ってケイデンスを上げ過ぎたのが原因である。

左ヘアピンを無言でクリアして行く。左ヘアピンを無言でクリアして行く。 とにかく無心に漕ぐメタボ会長。限界が近いか?とにかく無心に漕ぐメタボ会長。限界が近いか?

何度も失敗を繰り返し、やっとまともな1枚が取れた。何度も失敗を繰り返し、やっとまともな1枚が取れた。 それがこれ。34-32Tを駆使する写真が撮れました。それがこれ。34-32Tを駆使する写真が撮れました。


「だから、登坂は淡々と一定ペースが大切だっていつも編集長に言われるじゃんか!」と呆れる間もなく、メタボ会長から恐怖の業務命令が下される。「ヤバイ!心拍が160を超えちゃってるぜ!10秒ルールでローテーションを廻して行こうぜ!」ついに”10秒ルール”の発動である。

メタボ会長が発案したこの”10秒ルール”とは、元気な編集部員たちがオヤジの横に一列に並び、順番に10秒間ずつ会長の背中を押すという暗黙のルール(?)で、ローテーションつまり交代を繰り返しながら難所を乗り切るまで押し続けなければならないという自分勝手な”掟”である。オヤジ曰く、この10秒ルールには「初心者を大切にする気持ちを忘れない!」という精神が根底にあるらしい。(もちろん、ただのコジツケでしょうね)

アシストの為に隊列を整えた哀れな編集部員たち。アシストの為に隊列を整えた哀れな編集部員たち。 ついに”10秒ルール”が発動された。いつもながらゲンナリだ。ついに”10秒ルール”が発動された。いつもながらゲンナリだ。

あと200m。ローテーションも総力戦になってきた。あと200m。ローテーションも総力戦になってきた。 何とか頂上まで押し上げる事に成功しました。何とか頂上まで押し上げる事に成功しました。


このアシスト自体、ほんの少し手を添える程度でも本人はかなり楽になると云う。皆さんも一緒にサイクリングに行った初心者さんが坂道で悶絶している時は試してあげても良いかも知れない。ただし、周囲の交通状況には十分注意して下さい。

こうして、理不尽な10秒ルールに異を唱える事も無く、何とか頂上までメタボ会長を押し上げる事に成功した私たち。小沢トンネルさえ抜けてしまえば、その先は休憩ポイントのコンビニまでおよそ10km程の下りが続く。この下り区間は山本の出番だ。その77kgという恵まれたウェイトにモノを言わせ、82kgの荷物を引き連れあっと言う間に視界から遠ざかって行く。質量に比例する位置エネルギーの恩恵を存分に発揮しながら…。

チーム”ヘビーウエイト”のふたりが本領発揮だ。チーム”ヘビーウエイト”のふたりが本領発揮だ。 小沢トンネルを抜けてしまえば後は下るだけ。小沢トンネルを抜けてしまえば後は下るだけ。

沿道には満開のコブシが咲き乱れる。春ですね。沿道には満開のコブシが咲き乱れる。春ですね。 平坦区間ではローテーションを廻して行く。平坦区間ではローテーションを廻して行く。


そんな巨漢達を追走する事無く、残された私たちは新緑の香りを楽しみながらのんびりと下って行く。どうせ麓の平坦区間になれば勝手に追いついてしまう事は過去のサイクリングから学習済みだ。信号が全くない6kmの下り区間を惰性で下ると成木図書館前で信号待ちの巨漢チームと予定通りに合流し、そのまま平坦区間はローテを廻しながら進み車列はコンビニになだれ込む。

ここで再びコーヒーブレイク。”きのこ漬け汁うどん”を食してからまだ1時間弱で15kmほどしか走っていないが、会長同伴の名栗サイクリングでは必ず〆に立ち寄る習慣になっているポイントだ。読者の皆さんには理解し難い程の頻繁な休憩ピッチだろうが、慣れてしまえばこれが案外楽しい。メタボ会長の口癖でもある「サイクリングはトレーニングでは無い!」という明確なポリシーの下、オヤジと一緒に走るサイクリングはいつも不思議と心地良い魅力があり、結果いつも抜群に満足度は高い。

コンビニを後にした私たちは帰路に就く。ここから会社までは20kmちょっとのほぼ平坦路。岩蔵温泉から先の2km区間だけが3%ほどの緩斜面になっているだけだ。この緩斜面で悪い先輩たちに何となく先頭に押し出された藤原が先頭固定で牽く。後ろから悪い先輩山本が声を掛ける。「藤原君、無理しなくてイイからね!30km/h巡航でお願いしま~す。」いやいや、これはかなり無理な注文だ。真に受けた彼は必至の形相で牽き続けるも、その巡航速度は22km/hがいっぱいいっぱいの様子だ。

馬鹿話しに花が咲く。これが本来のサイクリングの楽しみ方かも。馬鹿話しに花が咲く。これが本来のサイクリングの楽しみ方かも。 お約束のコーヒーブレイクです。お約束のコーヒーブレイクです。

先頭固定のイジメにあう藤原。後ろには悪い先輩山本が控える。先頭固定のイジメにあう藤原。後ろには悪い先輩山本が控える。 あとは会社までノンストップで帰ります。あとは会社までノンストップで帰ります。


そんな藤原の悶絶の表情が私にはたまらなく嬉しい。近年私に染みついた”編集部で一番走れない男”のレッテルは彼に譲ろう。爽やかな春を感じながら帰路をこなした私たちは”かたくりの湯”脇を抜け、多摩湖サイクリングロード経由で、八幡幼稚園の桜を楽しみつつ、本店駐車場に滑り込む。楽しかった時間も終わりを迎える。

各々がサイクリングの余韻を味わいながら談笑しているまさにその時、ヘナチョコ藤原が思い切った質問をオヤジにぶつける。「会長、今日のサイクリングって出勤扱いになるんでしょうか?」どうやらこの新人はタダモノではない。こんな藤原の男気溢れる質問とともに、編集部全員の視線がメタボ会長に集まる。一瞬の沈黙の後、ハトが豆鉄砲を食らったかの様な表情をワザとらしく作ったオヤジから衝撃の事実が告げられる。

満開の桜に彩られた八幡幼稚園。もう会社はすぐそこです。満開の桜に彩られた八幡幼稚園。もう会社はすぐそこです。 多摩湖サイクリングロードまで帰ってきました。多摩湖サイクリングロードまで帰ってきました。
各々が楽しかった時間の余韻を味わいながら談笑に浸る。この直後に強烈な洗礼を受けるとも知らずに…。各々が楽しかった時間の余韻を味わいながら談笑に浸る。この直後に強烈な洗礼を受けるとも知らずに…。
「えっ? ウチの入社式は明日だよ? 総務から渡された入社案内の書類に書いてなかった? 出勤扱いも何も、君達の勤務は明日からって事になるね。じゃ今日はお疲れさん!」こう言い残し本店の中に消えて行くメタボ会長。

何が起こったのかが理解できずに茫然と立ち尽くすヘナチョコな新人藤原とともに期待の新人安岡の表情も曇る。この就職難の折、競争率28倍の狭き門を突破し新たな環境で希望に燃える青年達の純真無垢な心を、木っ端微塵に吹き飛ばすメタボ会長の”パワハラ・バズーカ砲”の炸裂だ。

ブラックな企業のブラックな親方からの強烈な洗礼を浴びた二人の若者たちが、明日の入社式当日に辞職願を持参して来ない事だけを、ただただ祈る事しかできない私だった。




今回も唐突ですが「あなたの自転車見せて下さい。番外編」です。

メタボ会長さん(アテックスホールディングス所属、東京都)キャノンデール・SYNAPSE Hi-Mod 3

かつては背筋力200kg超えを誇った身体も寄る年波には勝てず、サイクリング後の肩凝りが悩みのタネだったメタボ会長さんが”普段履き用”に選んだ愛車が、キャノンデール・SYNAPSE Hi-Mod 3 ULTEGRA だ。
彼曰く、乗り心地の良さはサス付ロードバイクとまで評される彼の決戦用イエロードマーネ号をも凌ぐと云うから驚きだ。完成車定価¥459.000-もフレーム自体のポテンシャルや純正で34-32Tをセットしたメーカーの心配りを考えるとコストパフォーマンスは抜群に高いと云うのが彼の主張だ。

肩凝り対策にチョイスされたキャノンデール・SYNAPSE Hi-Mod 3 ULTEGRA。普段履きだけじゃ勿体ないですよ。肩凝り対策にチョイスされたキャノンデール・SYNAPSE Hi-Mod 3 ULTEGRA。普段履きだけじゃ勿体ないですよ。
ヘナチョコなりにポジションに拘りを見せるメタボ会長さんの要望を受け、ハンドルはデダ RHM-02の440mm、シートはフィジーク VERSUS ARIONEと、各々イエロードマーネと同一品に変更され、相変わらずのインラインブレーキも健在だ。コンポに関しても従来に習ってブレーキキャリパーだけはデュラエースに換装されているが、これは性能に不満がある訳では無く、安全祈願の”おまじない”の意味があるそだ。

お約束のインラインブレーキは譲れない様子だ。お約束のインラインブレーキは譲れない様子だ。 ステムは振動吸収性を考え GDR 6-OVALの120mmだ。ステムは振動吸収性を考え GDR 6-OVALの120mmだ。

キャリパーだけはデュラエースに換装されている。キャリパーだけはデュラエースに換装されている。 シートは乗り慣れたフィジーク VERSUS ARIONE。シートは乗り慣れたフィジーク VERSUS ARIONE。


タイヤは耐パンク性能に優れるパナレーサーRACE-D evo2の25c。ステムに振動吸収を求めて120mmのグラファイトデザイン 6-OVALがチョイスされている辺りを鑑みると、彼の肩凝りの悩みはかなり深いと推測される。シートがかなり前傾して取り付けられている点だけは頂けないが、全体的にコンフォート性重視のポリシーが伝わってくるバランスの良いセッティングだ。のんびりとサイクリングを楽しみたい落ち着きのある熟年サイクリストには、案外参考になる車体構成かもしれない。

足廻りはコスミックSLEとパナレーサーRACE-Dの25c。足廻りはコスミックSLEとパナレーサーRACE-Dの25c。 完成車に純正でセットされる34-32T。完成車に純正でセットされる34-32T。




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メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 4年

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立し平成17年に社長を引退。平成20年よりメディア事業部にて当サイトの運営責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。ゴルフと暴飲暴食をこよなく愛し、タバコは人生の栄養剤と豪語する根っからの愛煙家。

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投稿者: 弘兼 憲史
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装丁: コミック, 192 ページ